バニラエア車椅子問題とピンクリボン運動批判の共通点

くるま椅子の男性が、事前の申し出なしにLCC機の搭乗を拒否され、自力でタラップを上がったことで話題になりました。

当初は航空会社の対応を避難する報道でしたが、時間の経過とともにネットではこの男性が意図的にルールを守らないクレーマとして、誹謗中傷が広がりました。

この航空機は5営業日前に申し出があればストレッチャの準備を行い搭乗することが可能だからです。

この件について、臨機応変の現場力が足りない航空会社が責められるのか?事前ルールを守らない男性が責められるのか?人によって捉え方はまちまちのようです。

 誰の目線で社会は動いているのか

実は私はこの男性と面識があります。一度仲間が主催する勉強会に講師としてお呼びした事があるのです。

勉強会の後の懇親会にも参加されたのですが、その懇親会場が事もあろうか、エレべーターのない地下の居酒屋でした。

我々は、セッテイングした幹事の心配りの無さに恐縮しながら彼の車椅子を数人で抱えて降りたのですが、当の本人は意に介さずの風で、こんなことは日常の事と仰っていました。

車椅子で世界150カ国を旅する中では、先進国では考えられないような不便なことも多くあり、言葉も通じないことの方が多い、そういった話を酒を酌み交わしながら感じたのはある意味この男性の持つ特有の鈍感力です。

自力で解決しなければならないことが、健常者よりも多い一方で人の手を借りなければならないことも数多くあります。

我々の非日常が、彼には日常です。その彼が常人離れした行動力で様々な体験を重ねるのにはある意味人並み以上の厚かましさと、鈍感力がなければ成り立ちません。

この人並みという尺度が問題だと思います、それはあくまでも健常者から見た尺度だからです。

社会は一体誰のもの?と言う事に思いを馳ば、その矛盾は理解できるのではないでしょうか。

しかし、正直に告白をすると、彼と話をしながら私はその鈍感力を凄いと思うと同時に、苦手だと感じたのも事実なのです。

スーパー銭湯の悩ましい問題

かつて温浴事業の運営をしていた頃に、判断に迷うことがいくつかありました。

乳がんで、乳房を切除されたお客様がタオルを巻いて入浴されていました。

公衆浴場では、湯船にタオルをつけるのはご法度なので注意をさせて頂きましたが、本当にそれで良かったのかどうかです。

正直に言えば、運営側からすれば一人が綺麗なバスタオルを巻いていても衛生上大きな問題ではないのです、問題は他のお客様の目線を考えてのことです。

どういった経緯で、バスタオルを巻いておられるのかは周りの人には解らないです、スタッフが周りのお客様に声がけしたとしても、立ち替り入れ替わる人々に認知してもらうことは難しいのです。

こういったケースもあります、かなり酷いアトピー性皮膚炎の方が温泉で癒す目的で入られることがあります。

もちろん感染症の皮膚炎は公衆浴場では入浴をお断りできますが、アレルギー性のアトピーの方は判断に困ってしまします。

正直に申し上げると塩素投入を義務付けられている公衆浴場では、温泉の効能よりもそちらの悪影響の方が心配なので、こっそりとその旨お伝えすると言う方法をとっていましたが、これは根本的な解決ではありません。

一緒にしてはお叱りを受けるかもしれませんが、大きな括りでは刺青の方のご入浴をお断りするのも、他のお客様の目線を判断基準としているところがあります。

誰かが決めなければ変わらない

 理念とマニュアルの違い

温浴施設の入浴基準は誰が決めるのか?

それは施設運営側が経営方針に則って決める事になります。

不特定多数の方が利用されるサービス業では、起こりうる事象の全てについて、あらかじめ準備しておくことは不可能です、基本的な考え方を共有して、現場力を高めておく必要があります。

ある意味、経営理念はこの現場力に現れます。

何がよくて、何がよくないのか、マニュアルは理念ではありません、マニュアルをどう解釈できるかが重要な事なのです。

理念は社会環境に対応しているか

乳がんに対する予防の啓蒙活動 ピンクリボン運動は今や全国的に有名な活動となりました。

温浴施設でも、オッパイリレーと言う活動が始まり、術後の方のサポーターや人工乳房の着用をしての入浴に理解を示そうという活動が行われています。

嘗て、新幹線でも車椅子での乗車は二日前に申し出をしなければならなかったそうです。急な不幸があったとしても、車椅子の人は諦めなければならなかった時代は少し前の話です。

今では当たり前のように設置されている駅のエレベーターだって、昔は都心の主要駅にしかありませんでした。

誰かが声を上げて、理解を広めていかないと社会が変わる事はありません。

乳房と車椅子と理解と変化と共存

全国に広がるピンクリボン運動にも懐疑的な声があるそうです。

それは、検診の啓蒙が主眼となり過ぎていて、乳がんにかかり、実際に乳房を失った人が検診を受けなければこうなると言う例えに使われる風潮があるからだそうです。

これではなんの為の運動だかわかりません。

先の男性も、タラップを腕を使って昇ったという事をひどい事をさせる航空会社と航空会社を非難する見方と、これ見よがしの嫌な奴とくるま椅子の男性を非難する見方があるようです。

しかし、どちらの見方も、健常者から見た勝手な思い込みなのではないでしょうか?

足が使えなければ、這いつくばって移動する事は普通の事であって屈辱的な事ではない、それを見慣れていない我々側の問題なのです。(大炎上、バニラエア車椅子事件の大いなる誤解)

乳房を失った人は、検診を受けなかった事の後悔の人生ではなく、これからを以前にもまして前向きに生きて行く事が課題なのです、運動はそれをあとお押しするものでなければなりません。

私は、冒頭でこの男性の鈍感力を尊敬と苦手を感じたと書きました、同じ思いを持つ方もおられると思います。

しかし、鈍感と感じるの事が勝手な解釈で、こういった感じ方が変わってゆく社会でないとならないのではないのでしょう。

今回の事件も、良くも悪くも彼の行動が問題提起になったことは間違いはありません。

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ono@comima.info

おのやすなり 日本コミュニテイー・マーケテイング研究会(通称コミマ) 代表 「社員のための社長史」「現代から見たあなたの過去と未来」「my life my art」などライフストーリーを伝えたいメッセージに変換し、発信を行っています。 1964年生まれ:大学卒業後、宝飾・アパレルチェーンにて、ストアマネージャー、エリアマネージャーとして勤務。その後温浴レジャー事業プロジェクトを計画していた企業に転職。取締役事業部長として複数の温浴施設、飲食店の開発、運営に携わる。 組織運営、顧客との関わりの中で重要な「理念」を伝えることを目的として会社設立。